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初めて歩く人のために - 【 歩く地図でたどる日光街道 】説明 ↑TOPへ 大沢宿から今市宿 大沢宿(栃木県日光市)〜水無(栃木県日光市) 2789m 35分 杉並木寄進碑 今市市山口 松平正綱公が杉並木を植栽して東照宮に寄進したことが記された石碑である。並木の起点となる神橋畔および各街道の切れる今市市山口(日光街道)同小倉(例幣使街道)同大桑(会津西街道)の四ヶ所に建っている。 この碑は日光神領の境界に建てられているので境石と呼ばれている。 大沢宿入口 大沢宿(おおさわじゅく) 日光街道の19番目の宿駅(宿場町)である。現在の栃木県日光市大沢。大沢宿は江戸時代に下野国河内郡にあった宿場町で、もともと大沢村と呼ばれていたが元和3年(1617年)に徳川家康の日光鎮座に伴って宿駅となり大沢宿となった。元和年間には大沢御殿(おおさわごてん)が建造され徳川将軍家の日光参詣に際し宿泊所として使用された。その後一旦処分され再造営されたが、それもまた享保年間までに処分された。享保13年以降、将軍社参時等の休息所には沿道にあった竜造寺(りゅうぞうじ)が用いられた。なお竜造寺はその後明治元年に近隣別所に移転し、現在は境内で5月に咲く六尺藤で著名となっている。 天保14年(1843年)の『日光道中宿村大概帳』によれば、大沢宿は距離1里32町、宿高262.943、町並み4町4間、人数278人(男125人、女153人)、家数43軒、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠21軒、問屋場1軒、宿建人馬25人25疋であった。Wikipediaより 天然記念物 王子神社の大いちょう 樹高35.5m 目通り3.4m。 王子神社は旧大沢市の鎮守であり、鎌倉時代にさかのぼる古い創建伝承を伝えている。 しかし、旧大沢宿は、日光東照宮の成立、日光道中の整備後に開かれた宿駅なので、宿駅の整備の後に社殿も整えられたものと思われ、この木もそのころ植えられたものであろう。推定樹齢200年というのも、このことを示している。 この木は雌株の巨樹で、毎年多数の銀杏(ぎんなん)を生ずる。 昭和50年10月 日光市教育委員会 天然記念物 龍蔵寺 六尺藤 太さ・木回り 260cm 高さ 180cm 枝張り 約200u(14m×12m) 樹齢 枝の部分 約70年 台木の部分 100年以上。 この藤は、明治36年(1903)頃、龍蔵寺第34代住職(久松豊明氏)が山藤を植えたもので、それを台木にして昭和2年(1927)に花穂の長い藤を接木したものである。 台木が太かったため、2か所に接木しそれぞれが2芽を伸ばし、現在、4本の太い枝が伸びている。花木は、5月中旬。 平成5年3月 日光市教育委員会 大沢の古杉 ○八坂神社 ○大沢の四本杉 ○大沢御殿跡 ○御老中街道 ○御殿開田の碑 特別史跡 特別天然記念物 日光杉並木街道の一里塚 大沢の一里塚 今市市水無 江戸から日光までの36里余(144km)の街道は日光道中と呼ばれ、その昔東照宮に詣でるための街道として栄えた。 街道には一里ごとに塚を築きその上に大樹が植えられて旅人に里程を知らせたが、この杉並木区間では一里塚に杉が植えられているのが特色である。 延命地蔵尊 杉並木街道 日光街道の高低差 竜蔵寺跡 王子神社 竜蔵寺 水無 日光市 栃木県 |
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